妹島和代と「スカイハウス」

Credit : Writer,Photo きづき編集部
From : きづきvol.35「建築と私」

著名建築家と、思い入れのある建築物。古い友人のようなその場所で、ある人は“建築を始めたきっかけ”を、またある人は“恩師との思い出”を―彼らは、在りし日の自分と対峙し、語り始める。

妹島和代さんにとっての「スカイハウス」とは。

古い雑誌に見つけた、幼き自分に焼きついた建築

日本女子大学住居学科に入ってまだすぐの頃、上級生に薦められて図書館に建築雑誌というものを見に行った。そして驚いた。古い雑誌を見ていて、多分これは私が小さい時に写真で見て衝撃を覚えた建物だ、という建物に出会ったのだ。そんなものを見たことも忘れていたのに、小さい頃の記憶がよみがえってきた。菊竹清訓氏の自邸、スカイハウスである。子どもの頃、こんな家があるんだとすごく興味を持った家が、建築史上有名な家だということを知った。それから建築はとても近い存在になり、勉強することがすごく楽しくなった。そして、篠原一男さんの住宅を知り、伊東豊雄さん、坂本一成さん、長谷川逸子さんの住宅を知り、多木浩二さんの写真を知った。大学時代はあっという間に過ぎた。

「“現代”に対する提案」30年前の問いに今なお思いわずらう

卒業して伊東豊雄さんの事務所で働かせていただけることになった。働くといっても、ほとんど役立たずでよく怒られた。ちょうど伊東さんが住宅について考え直そうと、ドミノ研究会というものを立ち上げられた時で、私は担当になり、クライアントを待って住宅の設計をするというより、こちらから現在の都市に対しどういう住宅の提案ができるかを話し合った。土間のある家とか、二階にリビングがある家という住まい方の提案から、どうやったらもっと風を取り入れやすいか等の様々な快適性を考えたり、そのために色々な材料や既製品のアルミサッシを数種類取り上げ、性能、使いやすさ、コストの比較をしたりした。更に、どうやったら合理的な作り方ができるかなど。建築を何か手の届かないもののように夢を見て飛び込んだ私は、色々なことを考えるのは面白かったが、同時に、どうしてこんなことを考えるのだろうと、多少腑に落ちない気持ちで取り組んでいたように思う。

しかし今になってみれば、その時伊東さんが問題提起され色々ディスカッションしたことがそのまま、私がそれから30年以上建築について考え、作ることにつながっていることに気づかされる。そして、今なお、同じような問いをし続けながら、現在そしてこれからの建築について考えたいと思っていることに気づかされる。

ドミノ研究会のパンフレット(画像提供:伊東豊雄建築設計事務所)

妹島 和世

1956年生まれ。
1981年日本女子大学大学院を修了。1987年妹島和世建築設計事務所設立。1995年西沢立衛氏とともにSANAAを設立。2010年第12回ベネチアビエンナーレ国際建築展の総合ディレクターを務める。
主な受賞として日本建築学会賞*、ベネチアビエンナーレ国際建築展金獅子賞*(イタリア)、プリツカー賞*(アメリカ)、芸術文化勲章オフィシエ(フランス)、芸術選奨文部科学大臣賞*、村野藤吾賞など。国内の主な建築作品としては、金沢21世紀美術館*、Dior表参道*、犬島「家プロジェクト」、京都の集合住宅NISHINOYAMA HOUSE、岡山大学Junko Fukutake Hall*など。(*=SANAAとして)

スカイハウス

1958年竣工。大阪万博の「エキスポタワー」を設計した建築家、故・菊竹清訓(きくたけ・きよのり)による自邸。10m四方の巨大なワンルームを4本の柱で持ち上げた構造で、居住スペースを回廊するように廊下や、交換可能な水周りスペースがある。独自の設計思想に基づき、居住空間の下に部屋を吊り下げていくことで増築が可能という、極めて独創的な構造となっている。日本におけるモダン・ムーブメントの建築のひとつ。

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