家は“閉じた箱”ではなく小さな社会齊藤 祐子

Credit : Writer,Photo きづき編集部
From : きづきvol.38「あの人に会いたい」

昭和七年に建てられ三世代が同居する、いわゆる“大家族の家”で生まれ育った建築家の齊藤祐子さん。祖父母や両親のほか、叔母や叔父までいる生活は、小さな社会そのもの。住まいの中にさまざまな家族関係を感じていた。また、昔ながらの日本家屋には、縁側や庭だけでなく、勝手口や土間など、外との接点もたくさんあった。反対に家の変化は、ご近所との関係にも影響した。象徴的だったのは、齊藤の祖父が亡くなり、初めて玄関に外鍵が付いたときのこと。その後、「住まいは個と社会を繋ぐ装置としての役割を失い、窓をあけない単なる“閉じた箱”に過ぎなくなっていく」。そんな経験から齊藤さんの建築には、ご近所さんなどとの何気ないやり取りを生み出すテラスやデッキ、庭などの空間が必ず取り入れられている。自身も築80年以上の生家に住み続ける齊藤さんが価値を感じる、“人と人との関係を紡ぐ住まい”の在り方とは?

住まいは個と社会を繋ぐ大切な役割り

齊藤祐子さんは、三世代が同居する大家族の家で育ちました。「私が育った家は昭和七年に祖父が建てた中廊下のある家で、子どもの頃は祖父母や両親の他、父の妹や弟も同居していて、いわば一つの小さな社会だったように思います」自分の親も祖父母にとっては子どもであり、様々な家族関係を住まいの中に感じていたといいます。また、古い家には住まいそのものにも縁側や応接間、内玄関、勝手口、土間やニワなどがあり、そんな空間が外の社会との接点となり、家と社会の繋がりも、住まいを通して感じることができたといいます。

「祖父が亡くなったとき、玄関に初めて外鍵が取り付けられました。それまでは家には誰かしら居るのが当たり前で、内鍵しかありませんでした。家の形が変わっていく象徴的な出来事として今でもよく覚えています」当時のこうした家の形の変化はご近所との関係にも影響していったといいます。「例えば、親から怒られたときに助けてくれる人とか、逃げ込める場所がかつての家や近所にはありました。何かをお隣から借りるなど、何気ないやり取りの中にも人と人との関係があったのです」核家族化はご近所との接点を玄関だけに限定し、ごく親しい人しか中には入れないという住まいをつくりました。個と社会、プライバシーとパブリックを繋ぐ装置としての住まいの役割は失われ、住まいは単なる閉じた箱に過ぎなくなってしまったと感じるのです。

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  1. 2009年にリフォームした齊藤さんの住まい。
    写真は玄関を道路から見たところ。大谷石とドウダンツツジの垣根は昔のまま。
  2. 廊下から玄関を見る。正面に見える土壁は古い家の土と漆喰で仕上げた。
  3. 三畳の畳の間からLDKを見る。斜めに架けた丸太の梁は、縁側の桁を再利用した。

時代を超えて人と人との関係を紡ぐ“住まいのカタチ”

齊藤さんは人と人との関係を生み出すテラスやデッキ、庭などの空間を、住まいの設計に必ず取り入れています。「ごく親しい人だけでなく、ご近所や通り掛かりの人などと気軽に話ができる場所が大事で、私は建築の重要な役割だと思っています」そして、増改築・減築しながら今でもお母さんと一緒に築85年になる家に住み続けており、娘さんご家族も齊藤さんと同居を希望されているそうです。「以前のような大家族の家というより、シェアハウスという感じですね。古い家は何でも許容してくれるんです」そう語る一方で、必ずしも古い家を保存したくて残してきたわけではないともいいます。「建て替えは祖父が厳として反対していました。当時は今ある家をベースに変えていかざるを得なかったのです」しかし、今ではこうした古い家に別の価値を感じているそうです。「決して今から古いものはつくれません。古いからこそ歴史を辿ることができ、時間を感じることができるのだと思います」それは家だけでなく、大きな木や町並み、世代を超えて大事にされる家具もそうだといいます。「モノでしか、形でしか伝えられないものがある。だからこそ、次の世代を意識することができる。形あるものの役割なんだと思います」形(建築)は、同じ時代の人と人だけでなく、時代を超えて人と人との関係を紡いでいるのかもしれません。

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  1. サンルームからは三角に張り出したデッキに出られる。コンクリートの敷石も敷き直したもの。
  2. 玄関ドアも昔のものを再利用。ドア上部のガラスからは玄関の明かりが漏れる。
  3. 昔の家の面影を色濃く残す中廊下のある母屋部分。廊下の突き当たりは洋間。
齊藤 祐子(さいとう・ゆうこ)
齊藤 祐子(さいとう・ゆうこ)

齊藤 祐子 (Yuko Saito)

1954年埼玉県生まれ。1977年早稲田大学理工学部建築学科卒業後、U研究室で吉阪隆正に師事。1989年空間工房101を設立。2000年有限会社サイト・SITEに改組。早稲田大学芸術学校非常勤講師、武蔵野美術大学非常勤講師、神楽坂建築塾事務局。主な仕事に益子・土埃庵、荻窪・12.5坪のSOHO、さいたま・産業道路の家、東中野・パオコンパウンド、グループホーム「あおぞら」など。主な著書に『吉阪隆正の方法・浦邸1956』(住まいの図書館出版局)、『DISCONT・不連続統一体』(共同編集、丸善)、『集まって住む「終の住処」』(農文協)ほか。

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