風情だけではない、町家のある風景藤岡 俊平

Credit : Writer,Photo きづき編集部
From : きづきvol.39「あの人に会いたい」

言わずと知れた世界的な観光都市・奈良で、町家を再生した宿「紀寺の家」を営む藤岡俊平さん。「子どもの頃は友だちが遊びに来るのも嫌だった」という町家暮らしも、大学時代のマンション暮らしや、建築家を志し旅したイタリアの町の風景に価値観が一変したという。「イタリアの町はそれぞれに個性があって、町の人たちも景観を守って暮らしていることを誇りに感じていた」そんな経験から、一念発起。結婚を機に奈良へ戻ると、長年町家の再生に取り組んできた父・龍介さんの意志を継ぐように、1戸貸し切りの町家の宿を始めた。目指すところは、非日常ではなく“日常としての町家の存在価値”を高めること。そのために「何を残し、何を変えていくべきか」今もなお藤岡さんの奮闘、町家の進化は続く。

マンション暮らしにはなかった
日常を五感で感じる心地良さ

奈良で「紀寺の家」を主宰する藤岡俊平さんは、町家を通して日常の中にあるちょっとした変化や気付きから、五感で感じる心地良さや豊かな暮らしを体感してほしいと語ります。「忙しいときは小さな変化に気付くことなく、時間だけが経過していってしまいます。町家に暮らしていると、すぐそこにある庭から外の様子を肌で感じたり、建具から射し込む光や影から季節の移ろいを感じたりします。いつも自然と応答していることで些細な変化に気付くことができる、これは豊かな暮らしそのものだと思うのです」

藤岡さんは三軒長屋のうちの一軒、平屋の小さな町家で育ちました。今でこそ町家の語りべとしてその魅力を発信する側ですが、子どもの頃は逆だったといいます。「友だちが遊びに来るのが嫌でしたね。子ども部屋などありませんから、家では母親が家事をしているすぐ傍で遊ぶしかない。子ども部屋がある二階建ての普通の家が羨ましかったです」しかし、大学進学を機にはじめたマンションでの一人暮らしが必ずしも快適だとは感じませんでした。「ベッドは狭苦しいし、アルミサッシも息苦しく感じました」実家に帰ると建具を開け放して縁側に寝転ぶ気持ち良さを思い出したといいます。また、建築を志しイタリアを旅行した体験も町家の価値を見直す契機になったといいます。

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  1. 町家にベッド。現代のライフスタイルに合わせた“町家での暮らし”の提案。
  2. 床暖房が導入されている土間。「町家=寒い」という概念を払拭。
  3. 木のお風呂は和のデザインによく似合う。

地元・奈良で町家を宿として再生
“日常としての町家”を表現する

「イタリアの小さな町はそれぞれに個性があって、町の人たちも景観を守って暮らしていることを皆誇りに感じていました。日本でも奈良や京都だけでなく、高山や沖縄でも古い家にはその土地の個性が生きていて、住んでいる人たちはそのことを誇りに感じていると思います」しかし、戦禍を逃れ比較的古い家が残っていた奈良町界隈でも町家は次々に壊され、町の風景は様変わりしていきました。このままでいいのか…、藤岡さんは結婚を機に奈良へ帰り、町家を再生し宿として活用することを思いつきます。

俊平さんの父・龍介さんは長年、奈良を拠点に町家の改修や再生に取り組んできた建築家です。「カフェやショップ、あるいは個々の住まいとして再生されることはもちろん大事です。でも僕は町家とは関係のない人たちが関心を持ち、住んでくれなければ変わらないと思いました。最初は町家のモデルハウスを作ろうと思いましたが、それでは普通の人との接点にはならないと思ったんです」町家でも快適性や利便性は犠牲にせず、断熱性を高め、床暖房を導入し、住んでみたい町家、非日常ではなく日常としての町家の価値を表現しました。「何を残し、何を変えていくべきかは本当に悩みます。土間を残すか、建具はどうするか、そのせめぎあいです」時代の変化に晒されつつ、「紀寺の家」は、存在価値を高めるため、常に進化を続けていきます。

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  1. 置かれている現代アート作品は豊かな暮らしを彩る。
  2. 朝食も提供。土地の食材でつくる野菜中心の食事が岡持ちで運ばれる。
  3. 夜景。格子戸から漏れる光が、前を通る人にも“お帰りなさい”と語りかける。
藤岡 俊平(ふじおか・しゅんぺい)
藤岡 俊平(ふじおか・しゅんぺい)

藤岡 俊平 (Shunpei Fujioka)

1982年奈良生まれ。2005年神戸芸術工科大学工学部環境デザイン学科卒業、同年水澤工務店入社。2009年藤岡建築研究室入社。2011年奈良に生まれ育った3人兄弟と妻の4人で奈良町宿「紀寺の家」を立ち上げる。

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