編集長が到達した“米一粒のメディア”岩佐 十良

Credit : Writer,Photo きづき編集部
From : きづきvol.39「あの人に会いたい」

雑誌『自遊人』の創刊編集長・岩佐十良さんは、もともと学生時代にはインテリアデザインを専攻。在学中に現在の株式会社自遊人の前身となるデザイン会社を設立したという。2004年米づくりを学ぶために新潟・南魚沼に移住したことをきっかけに温泉宿『里山十帖』をオープン。『里山十帖』は、世界的な建築デザイン誌「AD」に紹介されたほか、宿泊施設として初めてとなる「グッドデザイン・ベスト100」を受賞。わずか開業3年足らずで、国内外に日本文化の価値を伝える宿となった。
「私たちが提供したいのは感動や体験。米一粒がメディアであり、椅子は座り心地がメディア、風景そのものがメディアなんです」。岩佐さんがいま心血を注ぎ追い求める「その時、その場所でしか味わえない価値を伝える”メディア”」とは?

雑誌では伝えられない、その場所でしか味わえない価値を伝える”作品”としての宿

雑誌『自遊人』の編集長である岩佐十良さんは、雑誌というメディアで伝えられることに限界を感じていました。「いくら美味しそうな料理の写真を載せても、読者は食べることはできません。ましてや、その食材がどんな所で採れたものかなんてピンときませんよね」食の大切さを伝えようと思ってもリアルには伝わらない。「美味しさや農の大切さを感じてもらうには、実際に食べてもらう、田んぼや畑に身を置いてもらうのが一番なんです」東京・日本橋から新潟県・南魚沼へ会社を移転し、自ら農業法人を立ち上げ、米づくりも行っている岩佐さんは、いつか農園レストランをやりたいと考えていました。そんな岩佐さんに転機が訪れたのは2012年の5月のことでした。

移築した古民家を活用した温泉旅館が廃業することになったので引き継がないか、という農業仲間からの話でした。すぐに現地を訪れ、建物の魅力やロケーションの素晴らしさに感動した岩佐さんは、後先考えずに引き継ぐことを承諾してしまいます。「引き継ぎ手がなければ建物は放置され、あっという間に傷んでしまいます。とくに雪深い場所ですから1年放置したらおしまいで、待ったなしの状況でした。宿だけはやるまいと考えていたのに、よりによってその宿をやることになってしまって…」しかし、元々宿を経営したかったわけではない岩佐さんは、全く別の視点で宿の再生に乗り出します。「経営者ではなく、クリエイターとして”作品”をつくる感覚でした」

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  1. 十の物語の一つめは「食」。その時、その場所でしか味わえない価値。
  2. 十の物語の二つめ「住」。築150年の古民家を快適に“暮らす”空間にリデザイン。
  3. 三つめは「衣」。馴染みの深い「もんぺ」柄は、越後の伝統織物「亀田縞」。

「米一粒がメディア」里山の伝統文化を
感動や体験として伝えたい

初めて現地を訪れてから2年後の2014年5月、古びた温泉旅館は「里山十帖」という名前で蘇りました。黒光りする木組みの架構はそのままに、万全の断熱改修を施し、薪ストーブの温もりが包む館内にはデザイナー家具や現代アート作品が配され、巻機山を一望する露天風呂、地元の食材にこだわった創作料理、地域資源を活かしたアクティビティなど、上質な空間、地域の産物や伝統、文化など「十の物語」として紡がれる、地域に埋もれつつあった価値にスポットを当て、オープン直後から人気の宿として、度々メディアでも取り上げられました。岩佐さんにとって里山十帖は、単なる高級温泉旅館ではなく、あくまでも”メディア”だといいます。

「私たちが提供したいのは感動や体験です。米一粒がメディアであり、椅子は座り心地がメディア、風景そのものがメディアなんです」また、古民家だけでなく、伝統や文化は残すべきものとして語られることが多いのですが、岩佐さんは”べき論”では残らないと語ります。「”べき”というのは、まるで誰かにしてもらうかのような言い方ですよね。義務では残らない、価値を体感してもらい、現代の暮らしに取り入れてもらうことではじめて残っていくものです」里山十帖は、体感を通して日本の里山の素晴らしさ、里山から生まれた日本的価値観を伝えるインタラクティブなメディアなのです。

四つめ「農」。お米の価値を知る農作業体験プログラム

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  1. 五つめは「環境」。「環境と共生することは、快適さとのバランスを考えること」と岩佐さんは語る
  2. 六つめ「芸術」。館内に展示されるアートは「創造的発想」を養うために
  3. 七つめ「遊」。日本百名山に囲まれた魚沼は、東京からもっとも近い大自然
  4. 八つめ「癒」。人工物がまったくない原始の世界、森羅万象を望む露天風呂
  5. 九つめ「健康」。野菜中心、添加物を一切使わない「里山十帖」のコース料理
  6. ラストの十つめは「集う」。地域の価値を再発見するために欠かせない“集い”
岩佐 十良(いわさ・とおる)
岩佐 十良(いわさ・とおる)

岩佐 十良 (Toru Iwasa)

1967年東京・池袋生まれ。武蔵野美術大学でインテリアデザインを専攻。在学中の1989年にデザイン会社を創業し、のちに編集者に転身。2000年雑誌『自遊人』を創刊、編集長に。2002年「日本全国の美味しくて安全な食を提供する」『オーガニック・エクスプレス』をプロデュース。2004年米づくりを学ぶため、活動拠点を東京・日本橋から新潟・南魚沼に移転。2014年新潟県大沢山温泉にオープンした『里山十帖』では、住空間や環境、衣服などの分野まで「編集力」を活かしてディレクション。EU7カ国で発行される建築デザイン誌「AD」に紹介されたほか、NHKワールドの「DESIGN TALKS」に出演。アジアを代表するデザインアワード「シンガポールグッドデザインアワード」受賞。その他「グッドデザイン賞 」、「中小企業庁長官賞」を受賞。著書に『里山を創生する「デザイン的思考」』(KADOKAWA)など。

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